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はじめに
今年の4月から始まる同一労働同一賃金の仕組みは、一見すると契約社員とかパート、アルバイトの方々だけに関係する変化のように見えます。
しかし、企業の中で行われている変革を知ると、正社員として働いている人たちにも大きな影響があることがわかります。
それは「年功報酬」から「実力報酬」への変化です。
非正規雇用者の給与引き上げ策ではあるがその原資は?
すでに正社員として働いている人たちにとっては、同一労働同一賃金といってもあまり興味がないですよね。それもそのはず。
この取り組みの基本は正社員とそれ以外の人たちとの間の差をなくそうとするものだからです。
さらにその先の目的と言えば、一億総活躍社会の実現であり、つまりはGDPの引き上げに他なりません。
しかし、同一労働同一賃金に備えようとしている会社の人事改革の方向性を知ると、そうは言ってられなくなります。
その理由はとても単純です。もしあなたが経営者の視点に立てばすぐにわかるはず。たとえばこんな場合を考えてみてください。
あなたはとある会社の二代目社長です。
まだ父親が社長をしていた1990年頃の時点では、100人の正社員が活躍していました。
しかし景気が悪くなってきたので、毎年だいたい3人前後定年退職する人たちの補充を、非正規社員で行ってきました。
具体的には、2人の新卒と1人の非正規社員の採用です。
その結果、あなたが社長を務めている今では100人という社員数は変わらないのですが、次のような状況になっています。
正社員 70人(うち管理職20人)
非正規社員 30人(管理職はいない)
なお、正社員のうち、管理職の平均給与は800万円。
管理職以外の平均給与は500万円。非正規社員の平均給与は300万円です。
けれども、管理職以外の正社員と非正規社員がやっている仕事は基本的に同じです。
そんな状況で、今回の同一労働同一賃金の施行が始まります。
周囲の専門家にたずねると、非正規社員の給与を200万円引き上げなければいけないと言われました。
さて、あなたは200万円×30人=6000万円の人件費をどうやって捻出しますか?
違いの明確化が職務と報酬の関係をはっきりさせつつある
同一労働同一賃金をそのまま適用するなら、シンプルに会社の利益を減らして人件費に回すことになります。仮に非正規雇用者を増やすことで、会社が利益を増やしていたのならそれも可能かもしれません。
けれども平成元年におよそ800万人だった非正規雇用の方が平成30年に2100万人に増えている理由は、多くの企業、そして日本全体で生産性が改善していないからです。ちなみに平成元年時点での正社員数と、平成30年時点の正社員数はほぼ変わらない3400万人です。
一方で生産性を見てみると25年間で十数%改善していますが、近年はほぼ横ばいの状態です。逆に非正規雇用者で当面をしのいできたから生産性が上がっていないという指摘もあるくらいです。
企業の生産性は大きく変わらないのに、非正規雇用が増えているということは、仮にすべて正社員で雇用していたなら、さらに生産性が悪化している可能性があったということです。
だから会社の利益を減らして非正規社員の給与を増やす、という選択肢を採用できる会社は多くないのが実情です。
ではそれらの会社はどうしようとしているのでしょう。
給与引き上げ原資は年功是正で対応する可能性が増えつつある
実は日本企業の生産性を悪化させている原因の一つだと言われているものに、年功で増える給与があります。
いや、バブル崩壊後の成果主義人事制度の時代に、年功給与はずいぶん薄まった、という指摘をする方もいます。
けれどもやはり多くの日本企業では、あいかわらず年功で給与が増える構造になっています。それは厚生労働省の統計からも明らかです。
グラフからもわかるように、正社員(正規雇用社員)の給与は50歳前後まで増え続けています。その一方で非正規雇用の方はほぼ横ばいの給与です。
いや、正社員は年齢とともに高い役割を担うから給与が増えているのであって、非正規雇用の方はいつまでも同じ仕事だから増えないのだ、という指摘をする方もいます。
けれども高い役割をしっかり担って成果を出しているのであれば、それが生産性に反映されていなくては理屈にあいません。そして先ほど見たように、日本企業の生産性はこの30年間でそれほど増えてはいないのです。
言い換えるなら、高い役割を担ってもらう期待を示すのだけれど、期待に見合った成果を出せていない人たちが、一定割合存在するということです。
今年の4月から施行される同一労働同一賃金とは、この正社員と非正規雇用者の賃金カーブをあわせようとするものです。
けれども、非正規雇用者の賃金カーブを正社員のカーブに引き上げるだけのお金は企業内にありません。
だとすると?
そう。正社員の賃金カーブを引き下げるしかないわけです。
年功是正のきざしは早期希望退職でわかる
とはいえ、正社員の賃金カーブを一律で引き下げていたのでは、優秀な人からどんどん転職してしまいます。
だとすると、期待する役割をしっかり果たしてくれている人はそのままで、期待に応えていない人の給与を引き下げるしか方法はなさそうです。
そして期待と給与とがミスマッチを起こしている可能性が高いのは、勤続歴が長い人たちです。つまり、残念ながら年功で給与が増えている可能性がある、とみなされる方々なわけです。
ただし給与の引き下げは法的な制限が大きくなかなか実行できません。だから企業は別の形で賃金カーブを改善しようと試みています。
その典型が「儲かっているのに早期希望退職を募る企業の増加」です。つまり年功で昇給している人たちに早期退職をうながすことで、企業の賃金カーブを是正しようとする動きです。
一時的な積み増し退職金として多額の費用がかかってはいるのですが、これからの企業の成長のためには必要な出費だと考えられているわけです。
今後数年間の人事改革では、まず年功の是正が進むでしょう。
そしてその先に導入されるのは、期待される役割や職務の大きさ、生み出した成果に応じて報酬を決める仕組みです。
「彼はまだ若いから修業を積まなければ」
「彼もいい年だからそろそろチャンスをあげなければ」
というような年齢を軸にした考え方はどんどん薄れてゆきます。
大事なことは年齢を問わずしっかり期待に応える実力を備えているかどうか。
自分は安泰だ、と高を括るのではなく、間近に迫った変革に備えるタイミングが来ています。同一労働同一賃金はそのきっかけの一つに他ならないのです。
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