はじめに
あり得ないようなトラブルを巻き起こす「モンスター部下」が最近増えているといいます。でもまさか、ただ反抗する人をモンスターとは呼ばないでしょう。誰かが何か言わないと、ダメな会社は良くなっていきません。私ももしかしたらモンスターに当てはまってしまうのでしょうか。あなたはどうですか?
今回は、そういった相談をよく受ける社会保険労務士の石川弘子氏が、その実態と対処法を近著「モンスター部下」(日経プレミアシリーズ)にまとめていますので、石川氏が相談を受けたモンスター部下の実態を同書から紹介したいと思います。ストーリー形式になっていますので、物語と思って楽しんで読んで頂ければと思います。
W社 概要
企業のシステム開発を請け負うIT関連企業。従業員数は40名ほどですが、高い技術力を誇り、取引先はほぼ大手企業なので、経営は安定しています。
登場人物
T中:W社の企画営業部のマネージャーで30代男性。専門学校を卒業後、W社に入社し、独学で技術を身につけた。真面目で努力家なので取引先からの信頼も厚い。
I田:W社の取引先である大手企業からW社に移ってきた50代男性。T中の下で企画営業を担当している。口先ばかりで実行が伴わない。大手出身のプライドだけは高い。
S藤:W社の取引先である大手企業の担当者で40代男性。I田の元同僚。T中の仕事ぶりを評価しており、何かと便宜を図ってくれている。
W井:W社の社長で50代男性。30代の頃に大手企業を退職してW社を立ち上げた。頭脳明晰で行動力がある。
元大手勤務・有名大学卒をアピールする50代社員
T中は、あるプロジェクトが終了し、客先である大手企業の担当者S藤から「プロジェクト終了の慰労会」ということで飲みに誘われました。
S藤はT中を買っており、気持ちよく仕事ができるようにいつも配慮してくれています。大手企業の社員ではありますが、偉そうなところは少しもなく、5歳ほど年下のT中をかわいがってくれています。居酒屋で2人でビールのジョッキを傾けて乾杯すると、S藤がT中をねぎらいました。
「本当に今回もT中さんのおかげで、プロジェクトも滞りなく完了して、感謝してるよ」
「いや、そう言っていただけると、ありがたいです。こちらこそ、いつもS藤さんにはお世話になっています」
酔いが回ってきたS藤が、「そういえば」と話し出しました。
「W社さんにI田さんがいるんだってね。あの人とは前に同じ部署で仕事してたんだよ」
「そうなんですか?」
と、T中はちょっと表情を曇らせました。I田はS藤と同じ大手企業出身で、今はT中の部下。自分より20歳以上年上で大手企業出身の部下であるI田は何かと扱いにくく、T中は苦々しく思っていたのです。特にT中が辟易させられていたのが、I田のマウンティング。
ちなみにマウンティングとは?
マウンティング(英: mounting)は、「自分の方が相手より優位に立っていることを示そうとする行為」のことであり、とりわけ、対人関係の中で自分の優位を示そうとして何かにつけて自慢したり相手をけなしたりするような振る舞いのことです。
T中が専門学校卒と知ると、自分の出身大学である有名大学についての自慢や、出身企業である大手企業の自慢など何かと鼻につく話をしてくるんです。嫌なタイプですね。仕事をするにあたってはどこの大学卒かどうかなんて全くといっていいほど関係ありませんし、良い大学を出ているからって仕事が出来るとは絶対に限りません。
「あの人、面倒くさいでしょ?」
S藤はニヤッと笑い、T中の反応を楽しむように顔を覗き込みました。
「いや、そんなこと……」T中が返答に困っていると、S藤が「ハハハ」と笑ってT中の背中をポンと叩きました。
「いいって、無理しなくて。あの人うちの会社にいた時、口先ばっかりで全然仕事しないから持て余してたんだよね。それにしても、なんでW社さんに入ることになったの?」
T中は、社長のW井がI田を引き抜いた経緯について以前聞いたことがありました。
W井がI田の出身企業である大手とより太いパイプを築きたいと思っていたところ、人材紹介会社から紹介されたのだということを。
I田の経歴は申し分なく、W井もW社としては破格の条件で迎え入れたのです。
ところが、実際に働き始めると、I田は全く仕事ができず、その上、プライドだけは高いので、W井も頭を悩ませるようになりました。当初は部長待遇で迎えましたが、あまりの仕事のできなさに、降格してT中の下につけたのです。
自分より学歴も年齢も低いT中の下につけられたのが気に入らなかったのか、T中の指示には従わず、何かと批判ばかりしてきます。そのくせ自分は何も行動しないので、今や完全にW社のお荷物となっていたのです。
「多分、社長はI田さんが御社の出身だから、もっと御社からの受注を拡大できると思ったんじゃないですかね」
T中は当たり障りなく答えましたが、S藤はT中の本心を見透かしているかのように話しました。
「いや、無理でしょ。あの人うちの会社での評価は最悪だったし。システム関係の知識なんてゼロだからね。そのくせ、下請けさんとか派遣さんには偉そうな口きくからね」
「まぁ、そういうところはあるかもしれませんね」
T中は無難に返答すると、(やっぱり、I田さんは前職でもそうだったのか)と納得しました。
仕事ができないくせに同僚にマウンティング
ある日、T中とI田を含むプロジェクトメンバーが会議室で打ち合わせをしていると、T中の意見に対してI田が反論しました。しかし、I田の意見は全くお門違いであり、その点をT中が指摘するも、I田はさらに見当違いな反論をしてきます。
メンバーも皆だんだんとイライラしてきたのか、あるメンバーがついに、「I田さん、技術のことが分からないなら、黙っててくれませんか?」と言い放ちました。
すると、I田は顔を真っ赤にしつつも冷静さを装いました。
「君たちは、小さな中小企業の人間だから俯瞰的な見方ができない。私は大手でさまざまなプロジェクトを同時進行させていたから、全体的なバランスで物を見ているけどね。君たちには分からないかな」
I田の話を聞いて、T中はじめメンバー全員がカチンときましたが、言い争っても仕方ないと思い、「とりあえず、明後日の会議までに各自意見をまとめてくるように」とT中が会議を終了させました。
会議で疲労感を覚えたT中が喫煙室で一服して戻ると、チームメンバーの1人とI田が言い争いをしていました。
「大手企業出身がそんなに偉いんですか? 俺らのことやT中マネージャーをバカにするのは許せません!」
「すぐそうやって感情的になるのは、インテリジェンスが足りないからじゃないか? そういう言動はお里が知れるぞ」
I田と言い争っていた社員は「くそっ」と机をこぶしで叩くと、バーンとドアを閉めて出て行きました。T中が周りにいたメンバーに事情を聞くと、I田がメンバーやT中をバカにするような発言をしたことで言い争いになっていたといいます。T中が、I田にも確認すると、
「彼は高卒でしたっけ? 私とは話がかみ合わなくて困ります。すぐに感情的になるし、やっぱり中小企業ではなかなか優秀な人材と出会うのは難しいですね」
とヘラヘラと笑っています。I田のこの発言で温厚なT中も頭の中でプチッと何かが切れるのを感じました。
「I田さん、そうやって人の学歴や会社の規模をバカにする発言はよくないですよ。相手がどんな人間でも同じ会社の同僚なんだし、一定の敬意は払うべきじゃないですか?」
「敬意を払えるような相手であればね」
と、I田は相変わらずヘラヘラと笑っています。T中は怒りを抑えつつ、I田に言いました。
「I田さんは確かに有名大学を出て大手企業を経てうちに来ました。うちは中小企業だし、I田さんから見たら下流の人間かもしれません。ですけど、少なくとも入社して2年間、全く我が社に貢献できていないI田さんよりはずっと会社に利益をもたらしている人間です」
I田は顔色を変えて、「自分は管理職としての能力を買われたんだ」「プレイヤーじゃなく、全体を見るのが仕事だ」などとまくしたてました。
「もういい、やめろ」
騒ぎを聞きつけて様子を見に来たW井社長が後ろから声をかけました。社長の一声でI田もT中も黙り込むと、あたりが静まり返りました。
「I田さん。管理職として前職から引き抜いてきたのに、プレイヤーの仕事をさせてすまなかった。私のミスだ」
W井社長がI田に話しかけると、I田は溜飲を下げたのか、落ち着いて答えました。
「そうです。私は管理職という立場でこそ能力を最大限発揮できると思っています」
「いや、私は管理職として君を引き抜いたが、それ自体がミスだったと思っている。人を見下したり、バカにするような人間は、管理職には絶対にすべきではない。君の性質を見抜けなかった私のミスだ」
I田はW井の話に顔色を変えました。
「確かにうちの会社は中小企業で、大手から来た君から見れば、いろいろと不満はあるだろう。だが、うちの社員は全員優秀なメンバーで私は誇りに思っている。その社員を見下すような人間はうちでは必要ない。今日限りで辞めてくれ」
W井にきっぱりと告げられたI田は、恥ずかしさと怒りで声も出ず、そのまま黙って出ていきました。
その後、I田はW社に対して、解雇に関する補償を求める文書を送ってきましたが、最終的にはW社が給与の3カ月分を支払うことで合意しました。
大手から中小に移るシニア人材の対処法
中小企業などでは、大手企業や金融機関から管理職として中高年の社員を迎えることも少なくないでしょう。大手や金融機関で培った知識やスキル、人脈を中小企業で活かして活躍しているシニア人材も多数います。
一方で、大手という看板につられて、実際の仕事ぶりや能力を精査せずに迎え入れた後、期待した仕事ぶりでないために持て余してしまうというケースも少なくありません。また、大手と中小企業の文化の違いを受け入れられず、何かと批判的になるシニア人材の問題も聞く。こういった人材が社内の空気を悪くしたり、トラブルを持ち込む可能性も高いのです。
大手出身だろうが、仕事は結果がすべてであり、上司としては毅然とした態度で対処することが必要。
一方で、長い職業経験からの貴重なアドバイスもあるでしょう。有用なアドバイスについては、構えずに素直に聞く姿勢も必要です。
いずれにしてもマウンティングをしたがる人は、少なからずコンプレックスを抱えているものです。相手がどうしてそのような態度を取るのかを見極めて、不愉快な言動は改めてもらうように伝えたいものです。
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