はじめに
1年前の大企業に続き、2020年4月からは中小企業でも長時間労働の上限規制が始まっています。
24年4月から規制される自動車運転業務、建設事業、医師を除く多くの日本企業で、残業時間の上限は原則として月45時間、年360時間となります。
また臨時的な特別な事情があり労使が合意した場合でも、時間外労働は年720時間以内とされ、時間外労働と休日労働の合計は月100時間未満、複数月平均は80時間以内とされます。
日本中の企業が残業削減で具体的な成果を上げる必要があるが、どうすべきか。
その解は、残業発生のメカニズムに対する客観的な分析や知見に基づき抜本的な解決策を実施すること。
中原淳研究室とパーソル総合研究所では2万人規模の調査を実施し、データを分析することで、エビデンスベースド(実証的)な知見と解決策の方針を得ました。
残業発生のメカニズムは
「集中・感染・麻痺(まひ)・遺伝」
という4つのキーワードにより説明できます。
1つ目の「集中」とは、一部の特定の優秀な人材に業務量が集中しがちなこと。
スキルが高い社員に残業が集中しています。
「優秀な部下に優先して仕事を割り振る」と答える管理職は6割を超えます。
短期的な成果を追求するには、優秀なメンバーに仕事を割り振る方が効率的というわけです。
なお、パーソル総合研究所の調査によれば、働き方改革が進んでいる企業で働く中間管理職の方が、そうでない企業で働く人に比べて業務の負担感が増しています。
中間管理職が残業削減の枠外に置かれ、しわ寄せを受けているとみられます。
2つ目の「感染」とは、職場でまだ働いている人がいると帰りにくいという雰囲気。これが一番撲滅されるべき思想・思考。
先に帰ってはならないという同調圧力が最も残業に影響しています。もうやめましょうよ、こんな思考。馬鹿じゃないの。
こうした同調圧力は若い人ほど感じやすく、20代は50代の2倍近くも帰りにくさを感じていることがわかります(図参照)。
また上司の残業時間が長くなるほど、上司のマネジメントの質が低いほど、部下の帰りにくさは増していきます。
上司は率先して一番早く帰る!鐘とともに帰る!基本中の基本だ!!それが分からない馬鹿ばっかり!
集中と感染のメカニズムは相互に関連します。
優秀な社員は社内で注目されやすく、ロールモデル化しやすい存在。
しかし、そうした社員に仕事が集中し残業が増えると、周りに帰りにくい雰囲気が生じます。
また非管理職に仕事を振れないために、中間管理職の業務量が増すことも、同じように帰りにくい雰囲気を感染させる悪循環を招きかねません。
3つ目の「麻痺」とは、心理的状況と身体的状況がちぐはぐになり、客観視できなくなる状況。
月60時間未満までは残業時間が増えるほど主観的幸福感が低下していきますが、60時間を超えると幸福感の増加に転じることが明らかになりました。
もうそこまでくると、脳がおかしくなってるとしか思えません。
残業への没入感、他者から頼られているという実感がそれに関係するそうですが・・・。
でも、長時間の残業は重篤な病気などのリスクを高めますし、何一つ良いことはありません。
「本人がやる気を出して残業しているから」
といって放置するのは非常に危険。
4点目の「遺伝」とは、上司の過去の残業経験が部下の残業時間に強く影響するということ。
新卒入社時に残業が当たり前という文化に染まっていた人は、上司の立場になっても部下に残業をさせやすい。まさに、馬鹿の連鎖です。
こうした傾向は転職後の会社でも消えずに残ります。
つまり残業習慣は上司と部下という世代だけではなく、組織さえまたいで受け継がれていってしまっているんですね。
では企業はどう対応すべきなのでしょう。
まず残業は職場や上司の様々な要因が絡み合い生まれる事実を認めることが基本的前提となります。
そのうえで「職場ぐるみの対話と働き方の改善活動(組織開発)」を進めつつ、管理職のマネジメント能力を高めていく必要があります。
多くの企業では既に残業そのものをやめさせたり、残業時間に制限をかけたりしています。
すべての企業がそうなれ!
こうした時間制限型の施策は、個々人の残業習慣、つまり残業麻痺や残業代依存には対症療法的な効果を期待できます。
だがこの方法の効果は限定的で、否定的な影響も及ぼします。
残業施策を打ち出すと社員の37.1%が効果に疑問を持ち、23.2%が施策に従わない方法を考え、「経営や人事は現場を分かっていない」との不信感を持つようになります。
また時間制限型だけの施策ではストレス・健康不安が高まり、働きがいや組織への愛着が減少し、離職意向も高まります。
時間制限型施策と併せ、職場ぐるみの対話と働き方の改善を進めつつ、管理職のマネジメント能力を高める必要があります。
すなわち職場の働き方の状況や職場のコミュニケーションの状況を従業員調査などで「見える化」して、その内容を基に上司を交えて職場ぐるみで対話することで効率的な対処策を考えるべきです。
中原研究室は横浜市教育委員会との共同研究で、この手法を用いて同市の小中高、特別支援学校計86校で長時間是正のプロジェクトを実施。
実施前後で月平均4.6時間、前年同月との比較でも5.3時間の時間外労働を削減できました。
では残業を削減し、かつパフォーマンスも高い管理職のマネジメントとはどんなものでしょうか。
データを読み解くと、
- 状況に応じて判断・指示できるジャッジ力
- 現場の状況・進捗具合を把握できるグリップ力
- オープンで風通しの良いコミュニケーションができるチームアップ力
の3つが重要であることが分かりました。
長時間労働が生まれにくい組織を目指すには、3つの透明性が求められます。
まず業務の透明性!
これは、誰が・いつ・どんな仕事をしているかの情報が社員間で明確になっている状況。
これは上司のマネジメントのグリップ力と関連。きちんと情報が把握できていなければ、適切な仕事の分担も指示もできず、特定の人に仕事が偏っていきます。
なかはら・じゅん 75年生まれ。東京大教育卒、大阪大博士(人間科学)。専門は人材開発論・組織開発論
次に時間の透明性!
これは、どこからどこまでが仕事の時間であるか明確なこと。
休憩時間の仕事や始業前から働く人が多いなど、働く時間が曖昧な職場では残業の感染が促進されます。
最近急速に拡大しているリモートワークは、ともすれば労働時間が曖昧になりやすいので、注意が必要。
3つ目はコミュニケーションの透明性!
これは、言いたいことが言えない職場では感染が起きやすいもの。
マネジメントのチームアップ力にも関わります。
帰りにくいと思われず風通しの良い職場をいかにつくるかが鍵となります!
最後に残業対策で重要なのは残業代の問題。
例えば残業代を織り込んだ住宅ローンの返済計画を立てていれば、残業削減は家計の緊急事態に直結します。
それほど深刻でなくても、月々の小遣いに響きかねません。
であれば残業削減には後ろ向きにならざるを得ません。
残業削減の成果は基本給や賞与、特別手当などの形で社員に還元すべきですが、半数の企業が取り組めていません。
経営陣が長時間労働の是正にコミット(関与)していくことが求められます。
国連主導の持続可能な開発目標(SDGs)の8番目には、
「働きがいも経済成長も」
が掲げられています。
SDGsへの取り組みは企業のレピュテーション(評判)を左右するだけに、経営陣の覚悟が求められます。
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