出世コースは管理職より専門職 働き方改革で新潮流

みなさんは、いま働いている会社で偉くなりたいですか?私は偉くなりたくないです。そもそも、「偉い」って基準がおかしいですね。「管理職」になりたいですか?私はそもそもなる資質じゃないって話は置いといて、絶対になりたくないです。ただ、責任だけ増えて大変なだけなのがうちの会社なので。そして管理職になったところでやりがいもなんも変わらないですおそらく。

ただ、令和時代を迎えて、人事制度は少し変化しています。たとえば、業績責任を持たなくても出世できるとすれば、あなたならどうしますか? ただ、もちろん業績責任以外に必要な要素はあるのですが。

面白い記事があったので、今日はそんな話をご紹介しようと思います。

今日の目次

  • 業績責任に見合った給与がもらえるようになりつつある
  • 給与に見合った業績責任と評価の仕組みが成長を実現
  • それでもやっぱり業績責任は嫌だという感覚

■業績責任に見合った給与がもらえるようになりつつある

課長とかの管理職になりたくない。

そんな言葉をよく聞きます。先ほど言いましたがもちろん私もその一人。理由もだいたい「業績責任を持ちたくない」とか「残業代なしで働かせ放題になるから」というもの。

管理職になると業績責任を持つ。それはまあ当然です。逆に課長や部長が責任逃ればかりするような会社で働きたい人はいないでしょう。

残業代なしで働かせ放題、というのもあながち間違いではありません。うちの会社ももちろん管理職は残業代が出ません。

今でこそ「残業ゼロ」へ大きく変革している多くの著名企業も、ほんの5年ほど前までは平気で定時後に作業スケジュールを組み入れたり、土日に管理職会議を開いたりしていました。

ただ、これらの「課長になりたくない」要件のうち、残業代なしの働かせ放題、については変化しています。働き方改革を真摯に進めている企業では、課長にも残業をさせなくなりつつあるからです。もちろんまだ大多数の会社の課長は残業しているのですが、人事制度的には大きく変わっています。

たとえば逆に課長に対して残業代を出す会社も増えつつあります。

それ以前にも、某著名企業の名を冠して「〇〇〇基準」といわれるような暗黙の金額基準がありました。課長と係長の月例給が〇〇万円以上違っていれば労働基準監督署は課長を働かせ放題にすることについて目をつぶる、といったものです。

しかしこれらもすでに変化しつつあるのです。

課長といってもそれが名ばかりであるのなら、残業代を払いなさい、という指導がどんどん入っています。

だから課長にも一定額の残業見合いを支払って、その時間までの残業にしてください。それ以上の残業をしたら残業代を払うけれど、できれば残業しないで帰ってください、という仕組みを導入する会社が増えているのです。

このような場合、係長から課長になってもちゃんと給与は増えて、しかも残業時間は増えないということになります。

これは良い制度だなと思いましたが、そもそも課長は残業しないで帰るという風習になれば一番いいんですよ。人間なんて時間が限られているんですから。お金なんていくらでもどうにでもなります。

■給与に見合った業績責任と評価の仕組みが成長を実現

ただ、課長になるとやっぱり業績責任は増えます。

残業見合いをしっかり払おうとする会社ほど、今まで以上にしっかり業績責任を持ってもらおうとします。めんどくさいですよねやっぱり・・・。

たとえばある会社の人事制度改革では、それまで5万円だった課長手当を12万円にすることで一定時間の残業見合いとして給与水準を底上げしました。1日3時間以上残業しないような制限も厳しくしました。

あわせてこの会社では、賞与の評価基準を厳しく見直しました。それまでは業績に関わらず8割の課長が中間評価のB評価を受け、それなりの賞与を受け取っていました。しかし課長手当引き上げにともない、全社業績に応じた賞与の変動と、各課の業績変動にあわせて賞与を大きく増減するようにしたのです。

結果として標準評価を受ける人はこれまでの半分の4割になりました。あとの3割は今までよりも賞与が増えたものの、あとの3割は賞与が減ることになったのです。

これを労働強化、と取る人もいるかもしれません。

けれども、それまでのこの会社の不満は「業績責任と給与が見合っていない」ことだったので、少なくともそれは解消されました。

そして意外に思うかもしれませんが、この制度のほうが会社の業績を伸ばしただけでなく、社内の雰囲気も良くしたのです。

業績達成のために効率的に活動するにはどうすればよいのか、ということを、組織の中核である課長たちがしっかり考え始めたことがそのきっかけでした。

うちの会社はどこまで考えているかですね。私レベルが知る由もないですが。皆さんの会社はどうですか。

■それでもやっぱり業績責任は嫌だという感覚

今の人事制度改革の主流は、業績責任に見合った給与をちゃんと支払っていく、というものです。だから、業績をあげることにたいして前向きな人にとって過ごしやすい会社が増えています。

しかし、業績などの数値責任を負いたくない、という人は一定割合で存在します。いや、むしろそちらのほうがあたりまえかもしれません。あなた自身のまわりでも、数値責任を課せられてやりがいを感じている人はそれほど多くはないでしょう。

より多くの人はむしろ、目の前の仕事に没頭したいとか、自分の専門性をさらに高めたい、とか、顧客に喜ばれる仕事がしたい、とか、業績を出す前のプロセス部分で活躍することに喜びを感じています。

そして実は、人事制度はそのような人たちにも対応するような仕組みを用意しつつあるのです。

昔、そのような仕組みは「複線型人事制度」といわれていました。

複線型とは、課長などの管理職に出世するコース以外に、また別の出世コースを用意している仕組みのことです。

多くの複線型人事制度では、管理職と専門職という2つの出世コースを用意していました。

ほとんどの大企業では、この複線型人事制度は導入されていたはずです。

しかしその実態はあくまでも名目的であり、多くの場合、専門職の出世コースは、管理職になれなかった人たち向けのコースとして運用されてしまっていました。

これが今次第に変化しつつあるのです。

たとえば現在セレクションアンドバリエーションで制度設計を行っている某上場大企業では、メインの出世コースを専門職に変化させました。

管理職になることが出世なのではなく、専門職になることが出世である、としたのです。これは思い切りましたね。そして専門職になるということは「会社が求める人材像に沿った行動ができるようになる」というように定義しています。その定義には、チャレンジとかイノベーションとかの行動を示すキーワードは入っていますが、業績責任は入っていません。だからたとえば、たとえ失敗してもチャレンジし続け、創造的な活動をし続けた人が今までの管理職相当に出世するようにしたのです。

では業績責任はどうしたのでしょうか?

それは専門職の中で、業績責任を負うことに向いている人たちをピックアップして、特別なポストとして課長や部長などの肩書を与えることで解決しました。その報酬水準を今までよりも大きなものにすることで、責任に見合った報酬を支払う考え方も適用しているのです。

このような人事改革を行っている企業はたしかにまだまだ少数派かもしれません。

そして、実はうちの会社はどこまでのレベルか私はわかりませんが、管理職である課長などのほかに、専門職が間違いなく存在しています。私もどうしてもならなければならないとしたら、法律の専門としての専門職にしてほしいと願っています。うちの会社はそれに長けた人が本当に少なく、長けた人が少数いるにもかかわらず、全く生かし切れていないんですよね。

ただ、短絡的に「課長=嫌な出世」と考えるのではなく、まず自社の人事の仕組みを知ってみることをお勧めします。あなたが働いている会社が本当に成長を目指しているのであれば、人事制度も環境にあわせて修正しているはずですから、新たな選択肢があるかもしれないのです。

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