川村総合診療院 院長 の川村医師の興味深い記事がありましたのでご紹介いたします。 うつ病の診断を下すために、以下のようなやりとりが本当に起こっているそうです。
- 医師「抑うつ気分はありますか?」
- 患者「いえ、ありません」
- 医師「(あれ、おかしいな、問診票には憂鬱だって書いてあるのに……)抑うつ気分は、本当にないですか?」
- 患者「はい、うつは抑えられていません。だから抑うつはないです」
- 医師「……」
「抑うつ」とは気分が落ち込んだ状態のことですよね。でももともと翻訳語で日常的に使われることも少ないので、言葉自体に馴染みのない人もいるんです。字面だけ見て、「うつが抑えられている状態」と解釈してしまってもおかしくはないのですよね。でもまったく反対の意味になってしまいますよね。そもそもなぜ、抑うつなんて言い方をするんでしょう。wikipediaによると、
抑うつ(抑鬱、抑欝、よくうつ、depression)とは、気分が落ち込んで活動を嫌っている状況であり、そのため思考、行動、感情、幸福感に影響が出ている状況のこと。 抑うつというだけでは原因不明の症状である。 うつ状態とは、状態像であり、抑うつの症状が精神状態の中心となっていることを意味する。
とあります。これだけではよく分かりませんね。辞書などを片っ端から調べて分かりました。抑うつとはつまり、
「抑(抑えつけられたような精神状態)」と「鬱」という、似た意味の字を重ねた構成の熟語
これなら「なるほど!」と思いますね!以上豆知識でした。(^^;
さて、そのほかに、上述の「落ち込む」という表現もくせものです。
「夜になると落ち込みます」という患者さんもいるそうです。よくよく聞いてみると、「明日の仕事のことが不安で緊張してくるんです。怖くなって落ち着かない」とのこと。不安、緊張が主に起こっているだけで、ダイレクトにうつが起こっているわけではないようです。
実際には、この患者さんでは、午前中の抑うつが顕著で、十分に頭が働かなくて仕事の効率が悪く、ぼやっとして気分が悪いことが多いといいます。つまり、朝に抑うつが強く、夜に不安が強いというふうに症状が出ていると解釈できます。
うつ病の診断は、言葉を介した問診によって行われます。言葉というものは曖昧で、人によって解釈が異なることもあるため、コミュニケーションエラーが起こりやすいですよね。しかも医師は、問診でのやりとりをもとに、自身の経験則と長年の勘に基づいて主観的に診断を下すので、医師によって診断が異なることも珍しくないそうで誤診もあり得るそうです。
現状のように全面的に問診に頼っている限り、うつ病の正しい診断にたどり着くことは難しいそうです。そして言うまでもなく、診断が正しくなければ、治療がうまくいくはずもありません。
ならば、言葉に頼らない客観的な方法でストレスや精神疾患を診断できないのでしょうか。そう考えて、川村さんは国立精神・神経センターに在籍していた2000年頃から、うつ病の指標となるバイオマーカーの探索に乗り出しました。糖尿病などの内科の病気と同じように、うつ病も血液中の物質を測定することで、客観的に診断できるのではないかと考えたのです。
何百万種類もの中から見つけた関連物質PEA
血液中には、無数と言ってもいいくらいの物質が溶け込んでいます。たとえば、たんぱく質だけでも約3万種類以上、それが壊れてできたペプチドになると何百万種類にものぼります。
そんな中からうつ病に特異的な物質を探し出そうというのですから、道のりが困難であることは容易に想像できますよね。でも、きっと見つかるはずだという確信も川村さんにはありました。その1つの根拠となったのが、PTSD(心的外傷後ストレス障害)での研究でした。
PTSDとは、最近はよくきくようになりましたね。戦争や災害、事件、事故などで非常に強い精神的ショックを受け、その後も長期間にわたって強い恐怖や精神的苦痛に見舞われる障害のことです。川村さんはこのPTSDの患者さんたちの協力を得て、血液中の免疫細胞を調べたことがあるんです。その結果、驚くべきことがわかりました。患者さんたちは、PTSDを発症してから10年以上が経っていたにもかかわらず、免疫力が通常の4分の1にまで低下していたのです。
川村さんは当時、脳と免疫との関係を調べる「精神神経免疫学」を研究しており、精神的ストレスを受けると細胞性免疫が低下することはわかっていました。しかし、これほど低下するケースは見たこともありませんでした。
免疫を担う細胞のほぼすべては、血液中に存在します。精神的ストレスによって免疫力が低下するという事実は、血液には脳の不調が反映されることを意味しています。つまり、脳と血液との関係がこれほど密であるのなら、血液中の物質の変化を調べることで脳の中の状態を推し量ることもできるはずだ――。そのように考えて、血液中に含まれるうつ病関連物質の探索を本格的に始めたわけです。非常に興味深いですよね。
気が遠くなるような作業でしたが、2007年からは慶應義塾大学先端生命科学研究所の研究成果をもとに創立された「ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ(HMT)」(山形県鶴岡市)と共同研究を開始。HMTにはキャピラリー電気泳動を用いたメタボローム解析法の技術があり、血液中に含まれる代謝物のすべてを網羅的に分析することができるのです。
この結果、2009年にうつ病のマーカーとして発見されたのが
「リン酸エタノールアミン(PEA)」
という物質でした。この物質はほとんどすべての生物種に存在し、特に脳に多い物質。快感や喜びに関わるリン酸アナンダミドの分解物なので、報酬系の感情に関連が深いと考えられるそうです。うつ病になると、このPEA濃度が低下。健康な人のPEA濃度は、1.5~3.0μM(マイクロモーラー)だが、うつ病では1.5μM未満になることがわかったのです。
うつ病治療を季節になぞらえると
川村さんはうつ病の病態を季節になぞらえて5段階のプロセスに分け、治療を行っています。症状が最もつらい“冬”、薬による治療の効果を実感し始める“春”、調子がよくなって主観的には十分回復したように感じられる“初夏”、仕事や家事も問題なくできるようになる“夏”、そしてうつ病が治って再発の心配もなくなる“実りの秋”です。
これらの時期をPEA濃度から見てみると、“冬”は最も低値で、多少改善を感じ始める“春”もまだ低いまま。“初夏”になると主観的には「もう治った」ように感じられますが、ほとんどの場合、PEA濃度はまだ正常域まで達していません。ところが、多くの患者さんはこの時点で薬をやめてしまい、数ヵ月後に再発するという例が実に多いのです。つまり、“初夏”はまだ完全には治っていないので、治療を継続しなければならないのです。
PEA濃度は“夏”と“実りの秋”になって、ようやく正常値に回復してきます。このあたりの話は川村さん著『うつ病は「田んぼ理論」で治る』に詳しく書いているので、興味のある方はご覧いただければと思います。
下記に興味深いデータと表を掲載させていただきました。
● うつ症状の9項目
- 抑うつ気分
- 興味・喜びの喪失
- 疲労感の増大・気力減退
- 食欲不振・過多
- 不眠・睡眠過多
- 無価値観・罪責感
- 思考力・集中力の低下
- 精神運動性焦燥・遅延
- 希死念慮・自殺企図
現在、川村さんのクリニックでは初診時に血液検査を行い、その結果と問診とを総合的に判断して、うつ病の診断を下しています。
一例をあげると、うつ病と不安障害は見分けるのが難しい病態ですが、PEA濃度を見ると両者には明らかな差が出るんです。うつ病では低下しますが、不安障害では健常者とあまり変わらないのです。
たとえば「集中できない」という症状は、うつ病でも不安障害でもよく現れますが、突き詰めて考えると両者には違いがあります。うつ病の場合は、頭が思うように働かず、思考力が低下した結果、集中できなくなります。一方、不安障害の場合は、いろいろな雑念が次から次に湧いてくるから、集中するのが難しい。これらの違いが、PEA濃度には如実に反映されるのです。
PEAに関する科学的側面は、2018年に学術論文として報告されています(Psychiatry and Clinical Neurosciences 2018; 72: 349-361)。なぜPEAがうつ病時に下がるのか、そのとき脳はどうなっているのかなどのメカニズムについては、現在、米国と日本で共同研究を行っています。その他の臨床医学的研究も進行中です。今後の発展が見込まれています。
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